日付:2008/4/12 天気:曇り 題名:『世界的逃亡者(2)カラジッチ編』


  億円の賞金首。

 

この小さな国、ボスニア・ヘルツェゴヴィナには、世界的にも有名な
「2人の逃亡者」が隠れているといわれる。
現在も戦争犯罪の容疑者として追われている彼らの逮捕につながるような、有効な情報に対してアメリカ政府は、なんとそれぞれ約5億円(500万ドル)もの懸賞金をかけているのだ!

その2人とは、ボスニア内戦時のセルビア人共和国大統領
「ラドヴァン・カラジッチ」
、そして以前ここでも書いたことがある、
ボスニア内セルビア軍司令官「ラトコ・ムラディッチ」である。

※ムラディッチに関してはここをみてね。

カラジッチが大統領を務めていたセルビア人共和国とは、当時ボスニア内でユーゴスラヴィアからの独立に反対、そして隣国セルビアとの統合を求めていたセルビア人が主に住んでいた地域の事である。

同共和国で第一党であったセルビア民主党(SDP)のカラジッチは、ほぼセルビア人だけが参加する(国民?)投票で、自分たちがユーゴスラヴィアの一部であることを改めて宣言する。
しかし、その直後セルビア人のボイコットにも関わらず実施された、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのユーゴスラヴィアからの独立に対する国民投票では、参加したボスニア系・クロアチア系住民のほぼ全員(98%!)が独立賛成を支持し、ボスニア・ヘルツェゴヴィナは主権国家としての独立を果たすことになる。

これが1992年3月のことである。この新たに独立した主権国家は、即座にアメリカやEC(現EU)、そして国連からの承認を受けることとなった。

 

まぁよーするに、自分たちは少数になりたくないので、身内だけで固まって国民投票っぽいものをお互いにやっているだけなのである。
当然、お互い相手の投票にはボイコット。。(;_; )( ;_;)イヤイヤ

そして自分たちの都合の良いグループに区切って多数決をとるのである。これでは揉めるに決まっているのであるが。。まぁこういう事はバルカンの他の地域でもよくみられるパターンである。。

あとは、裏でうまいことやって、いかに大国(組織)に認めさせてしまうかの勝負。

それで承認を得ればこっちのもん、やったもん勝ちでっせ ヾ(* ̄▽ ̄)ノ、という世界なのだ。

 

 

ラドヴァン・カラジッチ氏
ひじょーに髪の毛が多い。今はどうなのか知らんが。。

 

そしてボスニアの内戦は、約20万人以上の犠牲、そして約300万人もの人々が家を追われる事になった結果、1995年末に終わる。その終戦直前、カラジッチは司令官であったムラディッチとともに、オランダのハーグに設置された
旧ユーゴ国際戦犯法廷
(International Criminal Tribunal for the Former Yugoslavia )から、16もの罪で起訴されることとなる。

その罪とは、虐殺・人道に対する罪・一般市民に対する犯罪・首都サラエヴォを軍で包囲した罪・国連平和維持軍を「人の盾」として使った罪 等々多様に渡るものである。

しかし彼は、国際社会からのハーグへの出頭に対して、こういう言葉を発しながら拒否し続けた。

 

『ハーグの裁判所が「司法機関」であるならば、私は出頭してTVの前で証言をするわい。しかーし、あれはセルビア人を非難する為に作られた、政治的機関であるので、いやだ!(`ε´)』

 

旧ユーゴの戦争犯罪で起訴されている
国際指名手配者たちの Wantedポスター

 

のポスターは、旧ユーゴ内戦における戦争犯罪人の指名手配リストである。これは、ボスニアのセルビア人共和国の小さな町で、警察所を訪れた際に撮らせてもらったものである。その地域は、今もムラディッチが隠れ住んでいると噂されている辺りである。ポスターには、セルビア人だけでなくクロアチア人容疑者も含まれている。

 

ポスターのアップ
中央上:カラジッチ
中央下:ムラディッチ


当然この中には、カラジッチとムラディッチも含まれている。このリストの中には、捕まったり投降してすでにハーグ裁判所で裁かれた者もいる。例えば上の写真の左下の人(帽子を被ったおっさん)は、このポスターの写真を撮った約半年前に投降しており、その後”懲役33年”の判決を受けている。

このポスターで面白いのは、それぞれの写真の下に「名前」「親父の名前」「生年月日」「生まれた場所」という欄があり、それぞれデータが載せられている。 まぁこういう基本データは、必要である。そして最後の欄はというと、、、


「ニックネーム」 ヽ( ̄ェ ̄;)

こらこら、身長とか身体的な特徴とか、他にも書く事がいっぱいあるやないか。。ニックネームでどうやって探すんじゃ。さらにこの欄はほとんどが、「不明」と書かれてあって、意味ねぇっ!!

ちなみにカラジッチのニックネームは「ラシャ」だそうだ。皆さん彼を見かけたら、そう呼んであげて下さいな。

 

は戻るが、国際戦犯法廷から起訴されて以来、ずっと出頭を拒み続けていたカラジッチ。

1996年、彼は国際社会からの圧力により、大統領の地位から身を引く。そして、その後(1996年7月)、モンテネグロでの息子の洗礼式に出席して以来、現在まで公に姿を現す事はなく、どこかに行方をくらませてしまったのだ。

以後何度にもわたって、NATO軍の主導による秘密逮捕作戦が実行されて、カラジッチを追い詰めるのだが、ことごとく失敗に終わる。

「一方からの戦争犯罪者は、もう片方からするとヒーロー」

という一般定理通り、彼はセルビア人の間では、自分たちを非難し、いじめる国際社会からまんまと逃亡し続ける「ヒーロー」となっていく。

 

そして噂好きのセルビア人の間では、
「ロシアに潜伏している」
だの、
「モンテネグロの山奥の僧院で、正教の聖職者に変装して暮らしている」だの、
「自分の影武者を何人も雇っていて、月々かかる20万ドル(約2000万円)の費用は、彼の支援者たちからや、裏で悪行を尽くすことで賄っている」
というような、様々な噂話が飛び交っているのである。

ベオグラードの市街でも、カラジッチ・ムラディッチの顔がプリントされたTシャツやバッジが売られていたりと、逃亡者というミステリアスなイメージもあってか、妙に彼らの人気が高いのである

現在のセルビア人共和国の政治家たちが投降を呼びかけても、奥さんがメディアを通じて投降を呼びかけても、カラジッチはいまだにどこかに隠れたままなのである。

おーい ゝ( ̄□ ̄;;) 出てきておくれ―

 

ちなみに母ちゃんは、出てくるなーと呼びかけていたらしい。

 

945年、モンテネグロの山奥の村「ペトゥニツァ」生まれたカラジッチは、ボスニアのサラエヴォ大学で医学部を卒業。その後、病院で精神科医として働きながら、詩人・童話作家としての活動もこなしていたという。

すごい。精神科医であって、詩人・童話作家であり、元大統領
そして、現在は世界のお尋ね者なのである。

さらにすごいのは、これだけ追われていながらも、
逃亡中に何度か本を発行
しているのである!(゚ロ゚;)

2002年に児童用に書き下ろした自作の詩の本を、そして 2004年には半自叙伝的な小説を、秘密のルートを使って出版社に送付し、出版しているのだ。

 

なんと その2002年発行の本にいたっては、

三部作の一作目であると言っているらしい!!!

完全に馬鹿にされとる。。CIAとか国連とか、NATOもみーんなコケにされとる。。

 

こで考えてしまうのは、たとえ世界の国際機関から追われていても、結構捕まらないもんだなぁ、という事である。
イメージ的にはCIAから逮捕状なんかが出てしまったら、世界のどこへ行っても必ずサングラスに黒スーツの人たちが、いたるところから現れて来たりして、ある日後ろを振り向いたら後ろからぴったりつけてきていたりして、いくら逃げてもビルの裏なんかに追い詰められたりして、どんなに抵抗しても結局は捕まってしまうんじゃないか、などと考えてしまうが、実は結構逃げられるもんじゃないのだろうか。

(キ▼_▼)(キ▼_▼)(T-T)(▼_▼メ)(▼_▼メ)

結局まだビンラディンなんかも捕まっていないし、日本でもオウム犯なんかも数名はずっと逃亡中なのだ。外に出る時はいつも変装をして、親族や家族の元に安易に戻ったりしなければ、見つけ出すのことはかなりの至難の業なのであろう。

セルビアは、EUから加盟の条件として「カラジッチとムラディッチを逮捕して、ハーグに差し出すこと」を義務付けられている。

これによりセルビアのEU加盟は、たった二人の人間によって妨げたれていることになる。周りの国々が、EU加盟への道を歩む中、セルビアの世論は彼らを「ヒーロー」から「国賊」に引きずり降ろしてしまう時が、もうすぐ訪れるのではないだろうか。コソヴォ独立に絡み、EU加盟に対して多くの問題を抱えるセルビアは、火薬庫バルカン半島においても、かなりの問題児であるといえる。

セルビア世論から、国賊というレッテルを貼られた時に、この二人はどこからか現れ、投降するのだろうか。
そしてカラジッチはその時、三部作の完成原稿を小脇に抱えて出てくるのだろうか。非常に興味があるのであった。

おわり